「☆と一緒に」

911Tribute Museum へ (NYT 9/29)

ミュージアムの裏手にあるレストランでランチ

911トリビュートミュージアムでは、CEOのジェニファーさんが待っていて下さった。
事務所の奥の大きな部屋に案内され、そこでミュージアムガイドをしているご遺族の方々と再会を喜んだ。

再会というのは、東日本大震災から1年後に、ミュージアム(当時は911トリビュートセンターだった)の人たちがこぞってお見舞いに来られた。
その間に、私は2回福島に行った。
1度は、福島大学でシンポジウムをして震災の被災者や遺族を励ましていたとき。
シンポが終わってから、ホテルで懇親会があって、そこに招待された。
もう1回は、その後、911で崩落したWTCの鉄骨で作った貞子の鶴を、j郡山の開成山公園に設置するとき。
いくつかの小学校や中学校を回って、子どもたちを励ましていたときに同席させていただいた。

ジェニファーからは福島でリーさんと撮った写真をパネルに入れたものをいただいた。
すっごく嬉しかった。
ご遺族からは911当日の話を伺った。

その後、トリビュートミュージアムを案内していただいた。
この日は、館長のリーさんにお会いしたかったのだけど、フロリダにお帰りになっている時だったので、後で会議電話で話をして下さることになっていた。
それで、ミュージアムを回る時間が限られて、全部をじっくり拝見することはできなかったが、それでも911当時の生々しさが肌に伝わってきた。
リーさんの息子ジョナサンが着ていた消防服が展示されていた。
リーさんが提供したもの。
その他にも、ご遺族にとっては遺品となるものがたくさん展示されていた。

亡くなった犠牲者の写真が、壁面にびっしりと貼られていた。
写真を撮ってもいいのですか?とジェニファーに聞くと良いとのこと。
ご遺族が、忘れないでほしい、と言って提供しているからだという。
でも、メモリアルミュージアムでは撮影禁止になっていた。

また、前の大きな部屋に戻って、ジェニファーのスマホでリーさんと顔を見合わせながら話をした。
何度かビデオメッセージの往復があったので、それのお礼と、そのときに一緒にいた人たちの反応などご報告。
リーさんとジェニファーさんは、よく私のことを話しているんだよ、と言ったときには、目頭が熱くなった。
本当に、気配りの細やかな優しさは、ミュージアムを訪れる人々が見学し終わったときにまで配慮する大きなものだった。

日本の被害者支援が、組織維持のため、支援者のプライドのためにおこなわれているように思えるのは、遺族の心にジワッとしみこんでくる優しさが感じられないからのような気がする。
控えめでいて、絶対的な擁護者で、心から信頼できる人はそうそう見つからない。



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