「☆と一緒に」

「地下鉄サリン事件から23年の集い」のお誘い

  
    【3月17日まで、この記事を最初に置きます】


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3月17日(土)に日暮里で「23年の集い」を開催します。
講演は、オウム真理教の捜査にあたった元警視庁の原さん。東京の名だたる事件の捜査を 続きを読む

日本記者クラブの研究会で

「被害者報道を考える」というテーマで、朝日新聞の河原理子さんと一緒に話をした。

日本記者クラブでは以前にも話をさせていただいた。
あのときは、宇都宮弁護士、中村弁護士と一緒だった。

しかし、よくぞ23年も取材を受け続けてきたものだと、つくづく思う。
95年当時はひどかった、いわゆる報道被害。
それを考えると、今はずいぶん配慮されてきた。
配慮されすぎて、突っこんだ質問が無いくらいだ。

実名、匿名、顔写真の問題は、記者にとって悩ましい。
いつも、いつまでも、永遠の課題のような気がする。

地下鉄サリン事件が起きたころは、被害者の名前が載っているのが当たり前だと思っていたから、遺族もなにも感じなかった。
ましてや、ウチの場合は霞ヶ関駅が、住所やら顔写真やら、記者が質問したことは全部答えていたのだと思う。
だから、警察から帰宅した時には、どっさりの報道関係者で埋め尽くせられていて、部屋の中に入ることはできなかった。
遺族がなにをかいわんや状態だった。

あとはネットの問題。
しかし、一国のトップがツィッターで発信、しかもトップらしくないコメントで、こんなことがまかり通るくらいだから、間違った情報がネットで拡散されるのを防ぐことは無理だ。

いつどこで被害者になるかわからない、ということがあるし、ネットの情報は世界中から見られているという自覚をしなくては。

終わりの時間がきても、質問が途切れない。
提起された問題には答えはないし、だからマニュアルも参考程度にしか作れない。
被害者報道というのは、センスと経験次第ということになるのか・・・・・・。


普段、こういう話ができる相手がいないから、久々楽しかった。





「高橋さん」だって気付かれること

何人かで夕食のために店に入った。
私から見える前のテーブルは、職場の同僚なのか、少し年配の男女10人くらいのグループで、もうできあがっているらしく、大声で話をしていた。

ところが、突然、ホントに突然、その大きな話し声がピタッと止んだ。
「ん?」と思って、そちらの方を見た。
男性と目が合った。
すばやくその左右の人に目を移すと、みんなが私を見ていた。

ああ、きっと、「あの人、地下鉄サリン事件の人じゃない?」って言っているんだろうな。
先月の最高裁上告棄却のニュースがあったからね。

事件直後もイヤだったけど、「うわさされている」とわかるのって、いつまで経ってもイヤなものだ。
いっそのこと、声をかけてくれればいいのに・・・




?と思った死刑についての記事

今日付の東京新聞、新聞を読んで、という欄に、「死刑 真剣に向き合って」という、記者への要望のような記事が載っていた。
オウム事件が終結したという報道で、次は死刑か、という風潮に、
「メインディッシュの後はデザート、そんな造作ない展開に「これでいいの?」と違和感を抱きます」と。
また、「記者たるもの、ただ漫然と執行を待つのではなく、一度は真剣に向き合ってほしいと思うのです」とも。

確かに、終結したという時点では「終結」がメインの報道だと思う。
私がいまいくつかのメディアから取材を受けているのは被害者遺族としてだろうし、弁護団も被害者や遺族のこと、損害賠償のことなどに応じていることと思う。
死刑に関してはその関係者が取材を受けているのではないだろうか。
13人もの死刑について、いつ執行か、だけの記者なんておおよそ信じられない。

しかし、どうして死刑廃止論者は、死刑囚の犯した罪を重視しないのだろう。
この記事にも「元来、人間の生死は神の仕業。それを人間のルールで差配するのが死刑。生かすのか、殺すのか、能力を超えた生殺与奪の線引きが矛盾を孕むのは無理からぬこと」と。

人間の命を奪うという最悪の殺人という行為と、その家族を不幸のどん底に落とし過酷な人生を強いた罪について一切触れずに、絞首刑という野蛮に命を奪われることだけを強調する。
罪を犯した時点の法の下では、これは法治国家として正当な処罰。

被害者や遺族を無視したままで死刑廃止を訴えても、誰も納得できないだろう。




レストラン選び / BBCの取材

2月はなんだかんだと食事会が多い。
どうも私の誕生日にかこつけてみんなで集まりたいらしい。
ま、私も楽しいんだけど、考えてみると、他の誰かが誕生日だからって、私がお呼ばれにあずかったことないんだけどなぁ。

また、久々にメールがきたりすると、「じゃ、ご飯でも食べに行こうか」ってことになって、また出かける。

でも、店選びって面倒。
だから、「中華がいい」とか、「どこそこのランチは美味しい」とか言うと、すぐ決まって楽。
で、私が選んだ場合、「あ、そこ行きたかった店!」なんて言われたら、ああ、良かったとホッとする。

ただ、私はまったく呑めないので、ワインバーだけは苦手。
今夜も、或る日の懇親会の店を探して、いくつか問合せしているんだけど、どこも団体が入っていて上手く見つからない。
また明日探すことにしよう。

  ◇ ◇ ◇

今日は霞ヶ関駅の構内でBBCの取材。
マイクは付けていても、上下の電車が交互に入ってくるから、その合間に話す。
東京メトロ本社の広報課の人が、乗降客の迷惑にならないように、ずっと付き添って(監視して?)いた。

ディレクターのインタビューは英語なので、駅を利用する外国人が立ち止まってずっと私たちの様子を見ていた。
撮影は、構内だからか、小さなカメラで撮影していた。
何日か前にも、ちょっとした活動をしている場面を取材したのだけど、そのときは大きなカメラを三脚に付けて撮っていた。
取材は1時間ほどで終わって、カメラマンが映像を確認した。
だけど、どうしたことか映像を消してしまった、とカメラマンがいうので、もう一度全部やり直しになった。

いつだったか、テレビ局のドキュメンタリーで、私がインタビュアーだったときに、取材されている人に携帯電話がかかってきたので、少し間が空いた。
ちょうどテープも無くなるころだったので、カメラマンがテープを変えて待っていた。
電話が長くて、こちらでちょっとおしゃべりするくらいだったけど、間もなく再開した。
後で見たら、その後のテープが回っていなかった、ってこともあった。

上智大の学生さんたちがドキュメンタリーを撮ったときにも、マイクのスイッチを入れ忘れて、また後日その場所に行って取り直したことがあった。
プロでも失敗があるんだから、よく有ることなんだと思った。

取材が終わって、反対側の地下鉄に乗って私が帰るときに、プロデューサー以外の人も一緒に乗ってきた。
電車の中から霞ヶ関の駅に入っていく場面を撮るらしかった。
「なるほど」と、撮影の勉強もした気分だ。
広報課の若い職員は、事件のときは幼稚園の年中か年長だとか。
会社の研修とかで事件のこと、やるの?と聞いたら、入社した時と、後は年に1回研修でやっているとのこと。
それと、お父さんが日比谷線で何とか・・って言っていた。
そうなんだよね、もう事件が起きたときの世代じゃないんだよね。

今日取材されたものがどんなふうに放送されるのか、見れないのは残念だけど、BBCは事件発生からずっと取材を受けているから、プロデューサー兼通訳の人も顔見知りだし、事件のことも、近々の私の発言も全部把握してもらっていて、取材はとても楽に受けられた。




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