「☆と一緒に」

写真をアルバムに


いま写真はスマホの中でもPCの中でも手軽に保管でき、いつでもすぐに見ることができる。

でも、やっぱり昔の人間なのかもしれないけど、アルバムにいれて、そのときの全体の背景とか、感情を、ページを開く毎に流れとして思い出したい。
もちろんいつの写真でもということではなく、特別なことだったときのは。

例えば、今回のNYC旅行。
流れの中で見ることで、記憶が固定して、いつまでも覚えているし、思い出せる。

今日は、そんなアルバム作りをした。

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大津の日弁連人権擁護大会のシンポ


朝早く起きて、これがまた辛い、その上 昨夜遅くまでLINEがピコピコ、新幹線に飛び乗って京都から大津へ。
シンポの前に河原さんに会いたかったので、余裕をもって出たけど、かなり余裕すぎたか!
控室で、関係者用のお弁当をくださったので、河原さんと一緒に食べながら、いま私が抱えているいろいろな問題について話した。

シンポジウムの会場に行くと、関係者席の河原さんの隣に座ってもいいですよ、と言われて移動。
始まったのはいいけど、体調が戻ってないのと、お昼ごはんの直後ということもあって、ねむい、ねむい。

全体的に感じたのは、司会や発表者、コーディネーターなど弁護士の皆さんがアナウンサーみたいにきれいな声で滑舌もよく、聞き取りやすかったこと。
これって、もしかしたら裁判員裁判の影響か!なんて思った。

いま犯罪被害者支援の所轄は内閣府から引き継いだ警察庁だけど、多種多様な犯罪被害者にどこまで柔軟に対応しているのか、支援に関しては内閣府同様で行事屋のような感じがしているんだけど、もし被害者庁ができれば、いろいろな方面の専門家がその専門性を活かして支援に対応してもらえるんじゃないかと、ちょっと期待しているんだけどなぁ。




時差ボケの頭で意見をまとめなきゃ


昨日はまだ全体的にNYCモードで調子が出ず(今日もだけど)、メールの一つが、どうしても今日中に返事しなければいけないこともあって、なんとか気力を奮い立たせた。

NYC滞在を延長できなかった理由でもあるんだけど、5~6日に滋賀県大津で日弁連の人権擁護大会があり、その第一分科会で、5日におこなわれるシンポジウムに朝日新聞の河原さんのパネリストで登壇される。
第一分科会とは、「あらためて問う『犯罪被害者の権利』とは」というテーマで議論される。

6日は人権擁護大会で、一般は参加できない。
5日のシンポを受けて、6日に決議される、その決議案がある弁護士さんから送られてきて、意見を求められた。

去年は死刑がテーマで、私たちの3月の集会でもテーマにしたし、9月の東京弁護士会のシンポにもパネリストとして発言したので、福井でおこなわれた日弁連の人権擁護大会のシンポもどんな感じで決議されるのか感心があった。
というか、日弁連は死刑廃止に向けて熱心なので、私としては事件柄それに100%賛成できるはずもなかったので。

しかし、今年のテーマは確かに犯罪被害者の権利が十分ではないとは言え、それは係る組織や団体の問題だと思っているので日弁連のテーマかなと思っていた。
犯罪被害者等基本法ができ、基本計画も見直しされて、どんどんバージョンアップしているのだから、新しい弁護士にはそれなりに研修をしっかりやってもらえばよいことなのではないか、と。
ただ、犯罪被害というのは、狭い日本ではあるものの各自治体毎に格差があるので、被害者庁を設立して、だれがどこで被害に遭っても、同じレベルの支援が受けられるようになってほしいとは思っている。
だから、被害者庁設立を前面に押し出すのであれば、大いに賛成なんだけど・・・。

ともかく、そんなような意見をまとめてメールに返事した。
時差ボケの回らない頭で、途中寝ながら、なんとか今日もおわった。





チェルシーマーケット (NYT 10/1)

昨夜、息子が「お土産にTシャツ買ってきて」なんてLINEしてきた。
何にもお土産なんて買ってなかったから、さてどうしよう
朝ごはんを食べにチェルシーマーケットに行くつもりなんだけど、そこで売っているのかどうか。


これが朝食、アボカドなんとかトースト
これで$10.
チップは必要ないけど、東京で1100円も払って絶対食べない!
NYCは何でも高い。

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さて、これからTシャツ探し、だけど見つからないので、エレベーターの前にいたガードマンみたいなおじさんに聞いてみたら、Tシャツの店は閉店になったらしい。
ここに洋服屋があるから、と言われたけど、チェックしてみると made in Peru 、ちょっといいかなと思ってチェックすると大阪の会社の製品。
ということであきらめた。

ホテルに戻って、預けておいたスーツケースを持って、ホテルの1階にあるスタバのテラスに座って、迎えのバンを待つことに。

これからJFK空港から帰国する。
急遽決まった慌ただしい旅行だったけど、後の日程が入っているので延長できず残念。
でも、中味が充実していたし、楽しかった。

最近は年のせいか、あちこち観光したいとは思わなかったから、もう海外旅行をすることはないだろうと、パスポートを切らしていたけど、この際また10年のをとったので、気が向いたらどこかに行ってもいいかな、、、なんて。




ブルックリンブリッジ、ミス・サイゴン (NYT 9/30)


地下鉄でハイ/ストリートまで行き、そこからダンボをブラブラした。
川からの風が冷たくて寒いくらいだった。

そこからブルックリン・ブリッジに上がり、マンハッタンに向けて歩いた。
自転車用の通路もあるんだけど、そこも歩く人たちで埋まっていた。
みんな景色の写真を撮りながら、2キロの橋を楽しみながら歩いている。

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今朝ホテルを出てから、時計とネックレスを着けるのを忘れていることに気付いた。
しかもそれを昨夜どこに置いて寝たのかも覚えていない。
とにかく昨夜は夕食後に少し遅くホテルに帰ったので、ソファーに横になったまま寝てしまったから。

それで、ちょっと心配になって、一度ホテルに帰った。
ドレッサーに置いたままになっていたので、ホッ

午後はトランプタワーを見に行った。
ホテルから6番街を行くと、歩行者天国になっていて、両脇には露天がずらりと並んでいた。
53丁目から5番街を上がるとトランプタワーが見えてきた。

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ビルの前ではトランプに反対する人たちがプラカードをもって立っていた。




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トランプタワーに入っている店舗には全部トランプの名前がついている。

すぐ近くのセントラルパークに面しているプラザホテルで4時までお茶をしてから、ミス/サイゴンのチケットが出ているかどうか、TKTSに行ったら、ラッキー!
それから、フードコートで軽く夕食をとって、ブロードウエイ劇場に行く。
最初にCDを買って、チラシで配役などをみた。
キム役が、なんと初ブロードウエイミュージカル。
日本でもそうだけど、初めての俳優さんは、緊張していて歌うこと、演技することに神経がいき、役になりきれない。
それがこのキム役にも言えて、とにかく張り上げる声がうっとうしい。
クリス役の声もあまり好きじゃなかった。
でも、ジョンの俳優さんがすばらしかった。
この人がバルジャンをやったらステキだろうなぁと思いながら観ていた。

NYCでのミュージカル鑑賞が叶ってよかった、よかった。




911Tribute Museum へ (NYT 9/29)

ミュージアムの裏手にあるレストランでランチ

911トリビュートミュージアムでは、CEOのジェニファーさんが待っていて下さった。
事務所の奥の大きな部屋に案内され、そこでミュージアムガイドをしているご遺族の方々と再会を喜んだ。

再会というのは、東日本大震災から1年後に、ミュージアム(当時は911トリビュートセンターだった)の人たちがこぞってお見舞いに来られた。
その間に、私は2回福島に行った。
1度は、福島大学でシンポジウムをして震災の被災者や遺族を励ましていたとき。
シンポが終わってから、ホテルで懇親会があって、そこに招待された。
もう1回は、その後、911で崩落したWTCの鉄骨で作った貞子の鶴を、j郡山の開成山公園に設置するとき。
いくつかの小学校や中学校を回って、子どもたちを励ましていたときに同席させていただいた。

ジェニファーからは福島でリーさんと撮った写真をパネルに入れたものをいただいた。
すっごく嬉しかった。
ご遺族からは911当日の話を伺った。

その後、トリビュートミュージアムを案内していただいた。
この日は、館長のリーさんにお会いしたかったのだけど、フロリダにお帰りになっている時だったので、後で会議電話で話をして下さることになっていた。
それで、ミュージアムを回る時間が限られて、全部をじっくり拝見することはできなかったが、それでも911当時の生々しさが肌に伝わってきた。
リーさんの息子ジョナサンが着ていた消防服が展示されていた。
リーさんが提供したもの。
その他にも、ご遺族にとっては遺品となるものがたくさん展示されていた。

亡くなった犠牲者の写真が、壁面にびっしりと貼られていた。
写真を撮ってもいいのですか?とジェニファーに聞くと良いとのこと。
ご遺族が、忘れないでほしい、と言って提供しているからだという。
でも、メモリアルミュージアムでは撮影禁止になっていた。

また、前の大きな部屋に戻って、ジェニファーのスマホでリーさんと顔を見合わせながら話をした。
何度かビデオメッセージの往復があったので、それのお礼と、そのときに一緒にいた人たちの反応などご報告。
リーさんとジェニファーさんは、よく私のことを話しているんだよ、と言ったときには、目頭が熱くなった。
本当に、気配りの細やかな優しさは、ミュージアムを訪れる人々が見学し終わったときにまで配慮する大きなものだった。

日本の被害者支援が、組織維持のため、支援者のプライドのためにおこなわれているように思えるのは、遺族の心にジワッとしみこんでくる優しさが感じられないからのような気がする。
控えめでいて、絶対的な擁護者で、心から信頼できる人はそうそう見つからない。



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