「☆と一緒に」

ミュージカル「ブロードウェイと銃弾」


日生劇場で観劇。
ウディ・アレン自身が2014年にミュージカル化したものが日本初公演。
浦井治さんと城田優さんの息がピッタリ合ったコメディで、面白かった。

舞台は1920年代、禁酒法時代のニューヨークで、デビッドが書いた戯曲がブロードウェイで公演が決まる。
その資金の出資者がマフィアの親玉、自分の愛人を主役にしろという条件付。
その他、くせの或る俳優たちが集まり、テンヤワンヤ。
マフィアの親玉の、愛人の付き人をやっているのが城田優演じるチーチで、簡単に殺しもするし、放火もする。
それが、稽古を見ている内に脚本や演出に口を出すようになり、デビッドの台本がどんどん変わっていく。
でも、その才能をだんだん認め始め、最後には舞台は大成功。

保坂知寿さんを観るの、久しぶり。
前田美波里さんも、やっぱり華があって楽しい。

ガラッと気分転換になって、良かった!




余談だけど、帰宅の駅から自宅に向かって歩いていたら、犬の散歩をしている人がいた。
マルチーズのような小型犬の首輪が、赤いネオンサインのように首を丸く囲んでいた。
あれって、毛も長いし、歩くたびに揺れてチカチカして、犬のストレスにならないのかしらね。






ちょっと刺激された

会議の後の会食で、私と同じ歳の人が、朝鮮語を習い始めたという。
すごいなぁ・・

わたしは、最近おもうに、1日1つのことしかできなくて、2つになると混乱してしまう。
混乱すると集中できなくて、もっと能率が悪くなって、気がつけばボーッとしている。
ダメだなぁ・・

腰を痛めているために、あまり運動はできないけど、やりたい、と思っていることはある。

収納棚を作って、少しずつ荷物を整理しているときに、昔のなつかしい物が出てきた。
琴の免状。
若かりし頃、山田流の琴を習っていた。
正月のお弾き初めのときに、70才くらいの人が弾いているのを見て、私もずっと引き続けていたい、と思ったものだ。
あの頃は70才と言ったら、ずいぶん年寄りに見えた(私も、いまではそんなふうに見られているとは思うけど)。
お琴を弾き続ける・・・現実は、そんなどころじゃなかった。
結婚して、子どもができて、長女の時はまだお稽古は続けていたけど、2人目が生まれて、義父母と同居するようになったら、それどころではなくなった。
一つ屋根の下で主婦が2人いることほどやりにくいことはない。
私は働きに出た。
そのうち3人目が・・・・・
それでもお琴は持っていた、ずっと。

事件が起こる前の年に、我が家にネコがやってきた。
成長するに従って、いたずらも大胆になってきて、最初はお琴の袋がボロボロになって、やがて袋の中の本体にまで達してしまった。
立てかけてあるお琴は爪研ぎに最適だったのだろう。

しかし、あのお琴、どうしたんだっけ!
粗大ゴミに出したのか???
毎日のように取材、取材だったことは覚えているけど、お琴のことはぜんぜん覚えていない。

今からお琴は無理だろう。
お尻が重くて、きっと座っていられないと思う
(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)



誕生会


毎年のことだけど、今年は特にオウム裁判が終結したこともあって、取材されることが多く、また5月までの諸々の打合せやら準備で忙しい。
にもかかわらず、2月は誕生月ということで、皆さんにお祝いしていただいて心から感謝です。
この前は、一つ歳を多く言ってしまいましたけど、誕生会毎に歳をとるとしたら、もう私は80才になっているかも    


CIMG0922 - コピー








「被害者報道を考える」研究会の打合せ 兼 誕生会

2月生まれ誕生会をやりましょう
場所は?
私の希望を言っていいのでしたら、寝坊してランチを食べ損なった店があるので、そこに行きたい!

ということで、「AWkitchen TOKYO 新丸ビル店」で、ランチではなく、夕食会をすることになった。

同時進行で、来週21日の 日本記者クラブ研究会の「被害者報道を考える」 の打合せを、いつにしましょうか、ということがあって、面子がちょうど「犯罪被害者の話を聴く勉強会」の事務局メンバーでもあったことから、誕生会に便乗して打合せもすることになった。

美味しいパスタと野菜のお店、AW kitchen

シェフお任せコースで、メインディッシュの「京都府谷口農園の堀川ごぼうとさつま育ち香潤どりのガランティーヌ 」

aDSC_0040.jpg



私の注文したフレッシュジュースは、100パーセントのイチゴジュース

aDSC_0044.jpg


美味しかった!
こんどはランチビュッフェ、食べたい、食べに来る、絶対に!!!





観劇「ムサシ」


渋谷のシアターコクーンに 「ムサシ」 を観に行った。

2009年初演(藤原竜也さんの武蔵、小栗旬さんの佐々木小次郎)から、蜷川幸雄三回忌追悼公演になる今回の溝端淳平小次郎は2回目で、都合3回目になるのかな、私が観たのは。

だけど、今回ほど笑ったことはなかった。
藤原ムサシなど、もう余裕って感じでカッコイイ。

ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、ソウル等海外公演でも成功を収めている。
テーマは命の大切さだ。
戦うことをやめさせようとすることは誰でも共感できることで、世界中から評価されているのだと思う。


BunnkamuraHPより 【物語】
慶長17年(1612)陰暦4月13日正午。
豊前国小倉沖の舟島。真昼の太陽が照り付けるなか、宮本武蔵(藤原竜也)と佐々木小次郎(溝端淳平)が、たがいにきびしく睨みあっている。小次郎は愛刀「物干し竿」を抜き放ち、武蔵は背に隠した木刀を深く構える。武蔵が不意に声をあげる。「この勝負、おぬしの負けと決まった」。約束の刻限から半日近くも待たされた小次郎の苛立ちは、すでに頂点に達していた。小次郎が動き、勝負は一撃で決まった。勝ったのは武蔵。検死役の藩医に「お手当を!」と叫び、疾風のごとく舟島を立ち去る武蔵。佐々木小次郎の「巌流」をとって、後に「巌流島の決闘」と呼ばれることになる世紀の大一番は、こうして一瞬のうちに終わり、そして……物語はここから始まる。

舟島の決闘から6年後の、元和4年(1618)夏。
鎌倉は佐助ヶ谷、源氏山宝蓮寺。名もなき小さなこの寺で、いままさに寺開きの参籠禅がとり行なわれようとしていた。大徳寺の長老・沢庵宗彭(六平直政)を導師に迎え、能狂い柳生宗矩(吉田鋼太郎)、寺の大檀那である木屋まい(白石加代子)と筆屋乙女(鈴木杏)、そして寺の作事を務めたあの宮本武蔵も参加している。
ところがそこへ、小次郎があらわれた。舟島でかろうじて一命をとりとめた小次郎は、武蔵憎しの一念で武蔵のゆくへを追いかけて、ここ宝蓮寺でついに宿敵をとらえたのだ。今度こそは「五分と五分」で決着をつけよと、小次郎は武蔵に「果し合い状」をつきつける。
こうして、世に並ぶ者なき二大剣客、宮本武蔵と佐々木小次郎の、命をかけた再対決が、「三日後の朝」と約束されるのだが………。






FC2Ad