「☆と一緒に」

「地下鉄サリン事件から23年の集い」のお誘い

  
    【3月17日まで、この記事を最初に置きます】


20180109繝サ23蟷エ縺ョ髮・>繝√Λ繧キ_convert_20180207091558

3月17日(土)に日暮里で「23年の集い」を開催します。
講演は、オウム真理教の捜査にあたった元警視庁の原さん。東京の名だたる事件の捜査を 続きを読む

ミュージカル「ブロードウェイと銃弾」


日生劇場で観劇。
ウディ・アレン自身が2014年にミュージカル化したものが日本初公演。
浦井治さんと城田優さんの息がピッタリ合ったコメディで、面白かった。

舞台は1920年代、禁酒法時代のニューヨークで、デビッドが書いた戯曲がブロードウェイで公演が決まる。
その資金の出資者がマフィアの親玉、自分の愛人を主役にしろという条件付。
その他、くせの或る俳優たちが集まり、テンヤワンヤ。
マフィアの親玉の、愛人の付き人をやっているのが城田優演じるチーチで、簡単に殺しもするし、放火もする。
それが、稽古を見ている内に脚本や演出に口を出すようになり、デビッドの台本がどんどん変わっていく。
でも、その才能をだんだん認め始め、最後には舞台は大成功。

保坂知寿さんを観るの、久しぶり。
前田美波里さんも、やっぱり華があって楽しい。

ガラッと気分転換になって、良かった!




余談だけど、帰宅の駅から自宅に向かって歩いていたら、犬の散歩をしている人がいた。
マルチーズのような小型犬の首輪が、赤いネオンサインのように首を丸く囲んでいた。
あれって、毛も長いし、歩くたびに揺れてチカチカして、犬のストレスにならないのかしらね。






日本記者クラブの研究会で

「被害者報道を考える」というテーマで、朝日新聞の河原理子さんと一緒に話をした。

日本記者クラブでは以前にも話をさせていただいた。
あのときは、宇都宮弁護士、中村弁護士と一緒だった。

しかし、よくぞ23年も取材を受け続けてきたものだと、つくづく思う。
95年当時はひどかった、いわゆる報道被害。
それを考えると、今はずいぶん配慮されてきた。
配慮されすぎて、突っこんだ質問が無いくらいだ。

実名、匿名、顔写真の問題は、記者にとって悩ましい。
いつも、いつまでも、永遠の課題のような気がする。

地下鉄サリン事件が起きたころは、被害者の名前が載っているのが当たり前だと思っていたから、遺族もなにも感じなかった。
ましてや、ウチの場合は霞ヶ関駅が、住所やら顔写真やら、記者が質問したことは全部答えていたのだと思う。
だから、警察から帰宅した時には、どっさりの報道関係者で埋め尽くせられていて、部屋の中に入ることはできなかった。
遺族がなにをかいわんや状態だった。

あとはネットの問題。
しかし、一国のトップがツィッターで発信、しかもトップらしくないコメントで、こんなことがまかり通るくらいだから、間違った情報がネットで拡散されるのを防ぐことは無理だ。

いつどこで被害者になるかわからない、ということがあるし、ネットの情報は世界中から見られているという自覚をしなくては。

終わりの時間がきても、質問が途切れない。
提起された問題には答えはないし、だからマニュアルも参考程度にしか作れない。
被害者報道というのは、センスと経験次第ということになるのか・・・・・・。


普段、こういう話ができる相手がいないから、久々楽しかった。





「高橋さん」だって気付かれること

何人かで夕食のために店に入った。
私から見える前のテーブルは、職場の同僚なのか、少し年配の男女10人くらいのグループで、もうできあがっているらしく、大声で話をしていた。

ところが、突然、ホントに突然、その大きな話し声がピタッと止んだ。
「ん?」と思って、そちらの方を見た。
男性と目が合った。
すばやくその左右の人に目を移すと、みんなが私を見ていた。

ああ、きっと、「あの人、地下鉄サリン事件の人じゃない?」って言っているんだろうな。
先月の最高裁上告棄却のニュースがあったからね。

事件直後もイヤだったけど、「うわさされている」とわかるのって、いつまで経ってもイヤなものだ。
いっそのこと、声をかけてくれればいいのに・・・




ちょっと刺激された

会議の後の会食で、私と同じ歳の人が、朝鮮語を習い始めたという。
すごいなぁ・・

わたしは、最近おもうに、1日1つのことしかできなくて、2つになると混乱してしまう。
混乱すると集中できなくて、もっと能率が悪くなって、気がつけばボーッとしている。
ダメだなぁ・・

腰を痛めているために、あまり運動はできないけど、やりたい、と思っていることはある。

収納棚を作って、少しずつ荷物を整理しているときに、昔のなつかしい物が出てきた。
琴の免状。
若かりし頃、山田流の琴を習っていた。
正月のお弾き初めのときに、70才くらいの人が弾いているのを見て、私もずっと引き続けていたい、と思ったものだ。
あの頃は70才と言ったら、ずいぶん年寄りに見えた(私も、いまではそんなふうに見られているとは思うけど)。
お琴を弾き続ける・・・現実は、そんなどころじゃなかった。
結婚して、子どもができて、長女の時はまだお稽古は続けていたけど、2人目が生まれて、義父母と同居するようになったら、それどころではなくなった。
一つ屋根の下で主婦が2人いることほどやりにくいことはない。
私は働きに出た。
そのうち3人目が・・・・・
それでもお琴は持っていた、ずっと。

事件が起こる前の年に、我が家にネコがやってきた。
成長するに従って、いたずらも大胆になってきて、最初はお琴の袋がボロボロになって、やがて袋の中の本体にまで達してしまった。
立てかけてあるお琴は爪研ぎに最適だったのだろう。

しかし、あのお琴、どうしたんだっけ!
粗大ゴミに出したのか???
毎日のように取材、取材だったことは覚えているけど、お琴のことはぜんぜん覚えていない。

今からお琴は無理だろう。
お尻が重くて、きっと座っていられないと思う
(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)(*゚ロ゚)



FC2Ad